韓国安全行政部が主催した追悼行事に朴槿恵大統領は不参加。
国が指定する追悼日ということは国家が四・三事件を国家の過ちだと認めることだと評価されています。
ゆえに、朴槿恵大統領が追悼行事に参加することには大きな意味があったと思われますが……
いまだに当時のことを語れないで、悲惨な記憶を胸の中にしまったままの人もいるといいます。
傷は癒えず、癒えない間に、別の新しい傷がつけられていく。今そんな世の中であるような、そんな気がします。
◎【コラム】”〈ニュースの窓〉大量虐殺はなぜ起きたのか/4.3事件66周年に際し”(4月7日 朝鮮新報http://chosonsinbo.com/jp/2014/04/47sk-4/)
<要約(原文は上記アドレスにアクセスしてご覧ください)>
◆米国の責任
米軍政による済州島民大量殺りくを物語の背景に描いた小説「順伊おばさん」を執筆した作家・玄基榮氏はこれを書いた翌年の1980年、保安司令部に連行され拷問を受ける。
折りしも光州事件がおこる年だ。
四・三事件、光州事件どちらも国家が国民を実力をもって弾圧した事件だ。当時、その事実を抹殺しようとする政治風土が存在していた。
1980年代後半、民主化運動が広がるが、これが四・三事件の記憶を伝え、真実を明らかにしようとする原動力となった。
真相究明は進み、2006年蘆武鉉大統領が初めて、国家元首として公式謝罪した。
一方、米国の罪も忘れてはならない。
「米軍政は、焦土化作戦を幇助し、警察を含めた討伐隊に武器を提供、人間が人間に、同族が同族に行う集団虐殺を眼を見開いて見守った。
また、彼らはそのときの殺傷を『日々報告書』にいちいち記録した。
にもかかわらず、彼らは口を開かないでいる…。韓国軍の作戦統制権を握っていた米軍は虐殺現場を放置したまま、ただ目撃しただけだったという。
このこと自体、米軍が大規模な民間人犠牲に対し責任を免れることはできない」
◆2代続く逆風の中で
四・三事件は過去のことではない。米国がイラクやアフガンで行っていることは四・三事件同様、現地の傀儡政権を隠れみのにした非人道的行為。
また、平和と人権のシンボルへと変わりつつあった島の歴史が李明博、朴槿恵政権と続くファシズム的政権により後戻りしているようだ。
これは犠牲者に対する許しがたい背信行為だ。
0 件のコメント:
コメントを投稿