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2015年2月18日水曜日

水曜企画-ハルモニと共に【294】

メモ【学習】泥憲和さんのお話 テーマ ”集団的自衛権”
2月14日(土) 姫路市民会館5F第1教室
『安倍首相から「日本」を取り戻せ!!」』を書かれた泥さんのお話。
安倍首相がいかに無謀で危険なことを進めているか、「イスラム国」問題への対応や中東事情、軍事的な事情を交えて解説。
また、国連DDRの活動に日本が貢献していると。憲法9条を守り、戦後一度も戦争をしていない日本だからこそ武器を使わずゲリラから武器を捨てさせることができたと言うお話に、改めて憲法9条の大切さを感じました。
自衛隊の高級幹部も反対している集団的自衛権。私たちは(いかなる条件が付こうと)絶対に是認してはならないし、無謀に戦争に向かっていく安倍首相を、自民党を認めるわけにはいきません。
マスメディアの情報だけを見ていると、分からないことが多くあります。また、特に関心を持たなければ見逃してしまう大事なことも多くあります。
泥さんの話を伺うと、相手に銃口を向けなくても日本は守れるし、平和を築いていくことができるのだと希望が見えてきます。
少し目を凝らし、細かいところに視線を向け、考察し、声をあげ、共有し共闘する。そうしていきたいと思いました。

2015年2月11日水曜日

水曜企画-ハルモニと共に【293】

デンマークのオーフス市で行われている、イスラム国に傾倒する若者を社会復帰させる取り組み「オーフスモデル」についてのドキュメンタリーがNHK BSで放送されていました。
罰するのではなく、対話をすることで若者を救おうという試みです。
”相手の意見を尊重する”ことが重要だと。
相手を尊重することは言葉にすれば簡単なことですが、何より重要で、かつ、難しく、今もっとも足りないものだと言えるでしょう。
この試みが成功するかはわかりませんが、そういう方向に向くことが今の(あらゆる)悪い状況を打開するための一歩になるんじゃないか。そう思います。

◎【ニュース】”「安倍首相の教科書修正圧力に驚愕」米歴史学者が共同で声明”(2月6日 ハンギョレ新聞日本語版http://japan.hani.co.kr/arti/international/19599.html)
<要約(原文は上記アドレスにアクセスしてご覧ください)>
昨年末、アメリカの歴史教科書に記述されている下記の文の削除を日本政府が求めたことに対し、アメリカの歴史学者が共同で声明を出した。
「日本軍は14~20歳の約20万人の女性を慰安所で働かせるため強制的に募集、徴用し、『慰安所』と名づけられた軍施設で働くように強要した。日本軍は、このような事実を隠蔽しようと多くの慰安婦の女性たちを虐殺した」
声明では
「私たちは最近、日本政府が第二次世界大戦当時、日本帝国主義による性的な搾取の野蛮なシステムの下で苦痛を経験した日本軍慰安婦について、日本およびその他の国の歴史教科書の記述を抑圧しようとする最近の試みに驚愕を禁じ得ない」
と明かしている。
声明を主導したアレクシス・ダデン教授は「外国政府がすでに証明された歴史的事実を教科書から削除してほしいと要求することは極めて異例なことだ」と述べている。

2015年2月4日水曜日

水曜企画-ハルモニと共に【292】

三日月またお一人、「慰安婦」被害女性であるハルモニが亡くなられました。日本軍「慰安婦」生存者は53名に。

反省しないからまた戦争が起きる。
「イスラム国」なんて言うアメーバみたいに掴みどころのない、しかし、確実に拡がっていっている組織が生まれて、彼らのやっていることは断じて許されるべきものではないけれど、なぜ、そんなものが生まれたのかを認識しなければ、争いは強く大きくなるばかりだ。
アメリカのやってきたことを振り返らなければ。それに追従しようとする日本の姿を振り返らなければ。
アメリカと友好的になることは良い。しかし、誤ったことを共にする必要はない。
「殺されたから殺す」のではなく、「彼らも生き、私たちも生きる」方法を求めるのがこの世に生を受けた人間の務めだ。

◎【ニュース】”時代の正体〈56〉歴史と向き合う 旧日本軍の慰安婦像 反日ではなく共感”(1月28日 神奈川新聞http://www.kanaloco.jp/article/83333/cms_id/123281より抜粋)
『…間近で見ると、はだしの少女はかかとをわずかに浮かせていることに気付く。膝の上の両の拳はぎゅっと握られ、左肩には黄色い小鳥が乗る。
東京都練馬区のギャラリー古藤(ふるとう)<表現の不自由展>に展示されている慰安婦の少女像。
ソウルの日本大使館前に建てられたブロンズ像の原型になったものだ。鈍色のブロンズとは違い、ほんのり色づくほお紅が生気を漂わせる。
一見しただけでは分からないが、かかとはすり切れているのだという。
「大変だった人生を象徴している。遠くに連れて行かれ、故国に戻ってきても居場所がない人もいたから」
キム・ソギョンさん<少女像の作者>が説明を始めた。
切りそろえられていない髪の毛も、家族や故郷とのつながりを断ち切られてしまったことを表している。肩の小鳥は平和と自由の象徴。「平和を守る守護神として作った像なのだから」
そしてソギョンさんが繰り返し口にするのが「共感」の2文字。像の隣に置かれたいすも作品の一部になっていて、「隣に座って慰安婦の心を想像してほしい」。少女と目線の高さを合わせ、動かぬ像のぬくもりを感じ、その時、心はどう動くのか。
「元慰安婦は抱えた心の痛みを払拭(ふっしょく)できない人がたくさんいる。自分が慰安婦だったら、どう思い、何を感じるか。少女の気持ちになって考えるきっかけにしてほしい」』

2015年1月28日水曜日

水曜企画-ハルモニと共に【291】

雷安倍政権に国民は殺される。そう知ってはいましたが、強く実感したこの数日。

映画【学習】映画「太陽を盗んだ男」
長谷川和彦監督発言集
” 「太陽を盗んだ男」は要求のない時代に生きる俺自信のメッセージだ ”(キネマ旬報インタビュー)
http://www3.ocn.ne.jp/~goji/006.html
”長谷川和彦 黒い雨と今村昌平を語る ”(映画芸術インタビュー)
http://www3.ocn.ne.jp/~goji/016_1.html
”菅原文太さんについてつぶやく「太陽を盗んだ男」長谷川和彦監督 ”(ツイート集)
http://togetter.com/li/753682

カチンコ映画「鬼郷(クィヒャン)」(韓国)監督 チョ・ヂョンレ
本年8月試写会を目標に現在撮影中。
予告編動画→http://youtu.be/duABz5T2zxM
『<2015年 他国で死んでいった少女たちが家に帰ってくる>
日本軍”慰安婦”強制動員被害者の少女たちの実話を元に作られる映画「鬼郷」は他郷で亡くなった20万人の無念の霊たちを、たとえ魂としてでも故郷の懐ろへ連れ戻し、あたたかいご飯ひとさじ差し上げる、そんな意味を持った映画です。
今までに(2014年10月30日)1万名を超える韓国、アメリカ、日本各地の人々から募金された後援金で一場面、一場面作っていきます。
映画が作られ、一度上映されるごとに一人ひとりの魂が故郷へ帰って来るという思いで「鬼郷」製作陣は最善を尽くします。』
後援金は現在も募集中です。
詳しくは本映画に娘さんが主演、ご自身も出演している劇団タルオルム代表・金民樹氏のFacebook https://ja-jp.facebook.com/minsu.kim.94009
又は花こころhanacocoro@gmail.comまで

◎【訃報】ファン・ソンスンハルモニ(韓国挺身隊問題対策協議会より)
『皆さま 2015年に入りはじめての訃報をお伝えします。
1月26日午前8時、ファン・ソンスンハルモニが享年89歳(かぞえ)で亡くなられました。
ハルモニは1926年に全羅南道で生まれました。
17歳ごろ親戚の家へご飯を食べに行く途中プサンにある工場に就職させてやるという男の言葉にだまされついていきました。
プサン、日本を経て南太平洋の島で戦争が終わるまでの約3年間「慰安婦」生活を強いられました。
解放(終戦)後、故郷にもどり長年の貧困と病気に苦しんだハルモニでしたがいつも情深く温かい方でした。』
日本軍「慰安婦」生存者は54名になりました。

2015年1月21日水曜日

水曜企画-ハルモニと共に【290】

1月17日、阪神淡路大震災から20年。
自然災害は不可避です。その中で、人間はできるかぎり人命と人権を傷つけずにいられるように努めなければいけない。
それが社会です。社会がうまく動くように政治がなされなければならない。
この20年の間にまた大きな震災が起き、更に深刻な「人命と人権」を傷つける事がされ続けている。
もう一度肝に銘じなければ。
人間はできるかぎり人命と人権を傷つけずにいられるように努めなければいけない。

メモ【ニュース】”<災前の策> (1)共助”(1月10日 中日新聞http://www.chunichi.co.jp/article/front/list/CK2015011102000061.html)
<要約(原文は上記アドレスにアクセスしてご覧ください)>
阪神淡路大震災で息子を失った在日朝鮮人の崔敏夫さん。
小さい頃から差別を受け、日本人社会にはあまり関わらないようにしていたが、震災後「安全な地域に復興して欲しい」と息子が願っているのではないかと思い、地域の復興活動を積極的にするようになった。
その熱心さは行政を動かし、防災設備が整っていった。
しかし、設備とともに大事なのは住民の力だ。
震災直後、生き埋めになった人を掘り出したのは、九割が市民だった。
崔さんは言う。
「防災、防災というけど、難しいもんやない。『こんにちは』から始まるんや」

2015年1月14日水曜日

水曜企画-ハルモニと共に【289】

【ニュース】”大阪出身の在日同胞2世はなぜソウル駅でホームレスになったのか”(1月14日 ハンギョレ新聞日本語版http://japan.hani.co.kr/arti/politics/19321.html)
『在日同胞2世のカン氏(78)は、昨年3月、スーツケース一つだけもって大阪にある4階建ての自宅を出た。 3年前に妻と死別し一人で住んでいたところだ。彼は「二度と戻らない」という手紙を二人の息子に残した。
慶尚南道河東(ハドン)が故郷のカン氏の親は日本植民地時代に日本に渡った。トンネルとダム工事現場で肉体労働をした。カン氏は日本で生まれた。教育は小学校1年に通ったのが全部だ。近所の朝鮮人のおじさんにハングルを少し教わったが、今は読めない。韓国語もあまりできない。
彼は自分のように日本で生まれた韓国人の妻と結婚して二人の息子に恵まれた。製靴工として働いていたカン氏は39歳の時、小さな焼肉の店を開いた。妻は料理が上手だった。猫の額みたいほどの店が一度に100人まで入るほど大きくなった。お金も結構貯まった。
しかし、苦労をともにしてきた妻が他界すると、突然すべてが変わり始めた。財産を二人の息子に分け与えてからむしろ関係が疎遠になった。歩いて10分の距離に住んでいる息子は父を遠ざけた。長男は日本に帰化して日本名を名乗り日本人の妻と暮らしている。
カン氏は、「お金をたくさん稼いではならない。一度お金が手を離れれば心は戻って来ない」と目頭を赤くした。
カン氏は「苦しい。こんな生活に疲れた」と手紙を残しては仁川空港行きの飛行機に乗った。親の故郷である河東と亡くなった妻のゆかりの地である大邱(テグ)を訪れた。板門店にも行ってみた。
残りのお金でフィリピン旅行に行ったカン氏は現地で詐欺に遭った。仁川を経て大阪に帰る飛行機のチケットだけやっと買えた。しかし、仁川空港に降り立ったカン氏は大阪には行かなかった。カン氏の韓国でのホームレス生活はこうして始まった。彼は 「韓国で死にたかった」と話した。
彼は子供の頃、母から聞いた「ご飯食べて」「早く来て」など簡単な韓国語しかできない。仁川空港で数日寝泊まりしてから、目的地もなくただ道路に沿って歩いた。空腹で三日を過ごしたあげく、公園で倒れているのを発見され、ソウル駅の近くのホームレス施設に移された。
施設の関係者は日本に帰るように説得したが、彼は「韓国で暮らす」と聞きいれなかった。韓国語もろくにできない老人に優しく接してくれるホームレスは多くなかった。それでもパンと海苔巻きをもらいソウル駅地下道で夏を迎えた。あるホームレスが無料食堂を教えてくれてからはご飯も食べられるようになった。ソウル駅待合室であまりわからないテレビを見て時間を過ごした。
ホームレスの人権団体「ホームレス行動」の活動家がカン氏を発見したのは、ホームレス生活が四カ月目に入った昨年8月初めだ。カン氏は健康状態が非常に悪かった。ホームレス行動は、入居できる施設を探したが、住民登録番号がなく、入れるところがなかった。外交部に在外国民永久帰国届を出し日本の永住権を返却してから、住民登録証を発給してもらえた。また、基礎生活受給者の資格も得て考試院で暮らせるようになった。
8日訪ねたソウル龍山(ヨンサン)区漢江路(ハンガンノ)の鉄道周辺考試院には小さなベッドとテレビ、冷蔵庫一つが生活用品の全てだった。数分間隔で電車が通るたびに、部屋も一緒に揺れた。
彼は時々無料乗車券をもらい地下鉄に乗ってあちこち歩き回っていると話した。終点まで行ったこともある。 「東大門駅の近くで売っている2500ウォンのもやしクッパがオモニの味」だったそうだ。昨年の大晦日には地下鉄を乗っていたら雪が降ってきた。 「悲しくて涙がたくさん出た」。
カン氏は週に一度はホームレス行動の事務所に行く。同じ境遇のホームレス、箱房生活者と卓球をして暇をつぶす。ここで会った人々は大阪出身である彼に「東京」というニックネームを付けた。ホームレス行動の紹介で会ったある会社員は仕事帰りにカン氏の家に寄って日本語で話し相手になってくれる。彼はカン氏に韓国語教材と鉛筆をプレゼントした。カン氏は「ホームレス生活から脱出できるよう助けてくれた人たちにはとても感謝している」としながらも、「小学校に通う末っ子の孫娘に一番会いたい」と涙を見せた。
しかし、カン氏は「日本には帰りたくない」と言った。 「もう長くないので韓国で死にたい」と話した。在日大韓民国居留民団地域支部の関係者は13日、「在日同胞2世とその子供の間では価値観の違いで苦しむ場合が多い」と話した。
パク・テウ、キム・ジウン記者
http://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/673486.html 訳H.J』

2015年1月7日水曜日

水曜企画-ハルモニと共に【288】

2015年が始まりました。
今年は終戦から70年、阪神淡路大震災から20年。更に、日韓条約締結から50年。
心を引き締めなおし、もっと確かな、強い歩みを進めて行かねばならない年です。
腹くくって、いきましょう。

◎”慰安婦問題の“戦犯”朝日・植村記者が反論! 右派のデマ攻撃が明らかに”
(12月25日 LITERA http://lite-ra.com/2014/12/post-736.htmlより抜粋)
『朝日新聞の誤報問題で第三者委員会による検証結果が発表され、右派メディアやネットでは、またぞろ激しい朝日批判が高まっている。
…一連の朝日問題で我々が本当に検証しなければならないのは、そもそも朝日の誤報はここまで叩かれ、社長が辞任しなければならないようなものだったのか、ということだ。
朝日バッシングの背後には、明らかに安倍政権と右派メディアによる歴史修正主義の策謀があり、朝日はそのプロパガンダのためにスケープゴートにされた。その問題が検証されないまま、この一件が幕引きになるのは、日本のジャーナリズムにとっては大きな禍根を遺すことになるだろう。
しかし、最近、その問題を真正面から検証した本が出版された。青木理による『抵抗の拠点から 朝日新聞「慰安婦報道」の核心』(講談社)だ。
最近はワイドショーのコメンテーターも務めている青木だが、もともとは共同通信のソウル特派員で、リベラルなスタンスをもつ硬派ジャーナリスト。朝日問題でも一貫して、過剰なバッシングの動きに疑義を呈し、『朝まで生テレビ!』などでも孤軍奮闘してきた。
同書はその青木が朝日問題をテーマに書いた雑誌コラムの再録と書き下ろしルポで構成されており、朝日バッシングの風潮に抵抗する、はじめてのまとまった書籍といえるだろう。
ただし、そのアプローチの方法は最初に結論ありきではなく、かなり実証的なものだ。青木は書き下ろしルポの中でバッシングにさらされた当事者である朝日の記者たちを直撃し、それがいかにフレームアップだったかを丹念な取材で解き明かしているのだ。
その証言者のひとりが、朝日OBの植村隆だ。朝日記者として1990年代の初頭、韓国で名乗り出た元慰安婦の証言を最初に伝えた植村は、「慰安婦問題に火をつけた張本人」として最大の“戦犯”だと罵られている。
しかも妻が韓国人である上、妻の母が日本の戦争責任を追及する韓国の市民団体の幹部だったことから、ネットには「国賊」「反日工作員」「土下座しろ」「腹を切れ」といった罵詈雑言が溢れかえり、一般週刊誌にまで「捏造記者」「慰安婦火付け役」と名指しで攻撃された。
攻撃はメディア上だけではなかった。2014年3月に朝日を早期退職した植村は、関西の女子大に教員として再就職することが内定していたのだが、同大には嫌がらせや抗議の電話、メールなどが殺到。大学側が内定を取り消してしまう。
また植村氏は現在、札幌市の北星学園大学で非常勤講師を務めており、ここにも嫌がらせの電話やメールのほか、学生に危害を加えることを示唆する脅迫状まで送りつけられ、北海道警が捜査に乗り出す事態となった。
そればかりか、ネット上での誹謗中傷は植村の家族にまで拡大し、娘の実名や写真までさらされ、「反日サラブレッド」「自殺するまで追い込む」などと書き込まれている。
だが、植村記者はほんとうに「慰安婦問題に火をつけた張本人」だったのか。91年8月11日、たしかに、植村は韓国の元慰安婦としてはじめて名乗りをあげた金学順の証言を他メディアに先がけて報道したのは事実だ。
しかし、青木の取材によって、それはまったくたいした記事でなく、当時、ほとんど話題になっていなかったことがわかってくる。
…ところが、批判は朝日と植村だけに集中した。植村は同書の中でこう話している。
「僕は金さんのことを一度も『強制連行』とは書いていない。本文の中では『だまされて慰安婦に』って書いてある。それなのに、僕だけが攻撃され、他のメディアは攻撃されない。もちろん攻撃している人たちはほかを攻撃してもしようがなくて、朝日の植村を攻撃しなきゃしようがないんだろうけど」
ようするに、植村はたまたま一番最初に慰安婦の証言を書いた、それだけなのである。記事はほとんど話題にならず、書いたのも20年前に2回きり。言葉の誤用や事実関係の掲載基準も他社とたいして変わらないレベルだった。そんな新聞記者がなぜこんな目にあわなければならないのか。
しかし、この構造こそがこの朝日バッシングの本質なのだ。とにかく自分たちの誇りとやらを傷つける慰安婦の存在を否定したいがために、ほんのわずかな誤謬を探し出して、それを針小棒大に騒ぎ立て、「陰謀」「捏造」というデマを拡散し、スケープゴートを作り出して、「売国奴」という言葉で犯罪者のように血祭りに上げる。そのやり口は、それこそ関東大震災のときにデマをばらまいて朝鮮人を虐殺したやり口と同じだろう。
しかし、当の植村はこんな目にあいながらも、慰安婦問題について冷静にこう語っている。
「結局、慰安婦問題を否定したがる人たちって、元慰安婦の人たちとほとんど向き合ったことがないと思うんです。おばあさんたちの声に直接向き合っていない。それで証言の食い違いみたいなところに固執して否定したがるのって、すごく残念な気がする。こんなことをいくらつづけても、世界から孤立しちゃうんじゃないかって気がしますね…」
同書には、他にも、朝日で論説主幹や主筆まで務めながら「竹島を韓国にくれてやれといった国賊」と罵られている若宮啓文や、猛バッシングの渦中で東京本社報道局長を務めていた市川速水らへのスクープインタビューも掲載されている。
世論におもねった第三者委員会の検証などではわからない、朝日問題の本質を知るためにも、ぜひ一読してみてほしい。』 (エンジョウトオル)

【本】”抵抗の拠点から 朝日新聞「慰安婦報道」の核心”青木理著(講談社)
定価1,400円(税別)
『 慰安婦報道の「戦犯」と呼ばれた植村隆、市川速水、若宮啓文、本多勝一ら朝日関係者に徹底取材。報道の現場から問題の全真相をルポルタージュし、バッシングの背後にうごめく歴史修正主義をえぐり出す。
闘うジャーナリストが、右派の跳梁に抗する画期的な一冊!
「反動の時代。ひとことでいえば、そういうことだろうね」──本多勝一(元・編集委員)
「僕はやっぱり虐げられた側というか、人権を侵害されている人たちの側から発信したいというのがあった」──植村隆(「従軍慰安婦」報道の火付け役と言われた元・記者)
「朝日が膝を屈したと僕は考えていない。魂を売ってしまったとかいうことでは決してない」──若宮啓文(元・主筆)
「最初は自分が左翼かと思って戦後補償問題をやりはじめたんだけど、やってみたら右翼だと思いました。日本がアジアのリーダーとして、立派な国であってほしいと思った」──市川速水(前・東京本社報道局長)
「だから朝日が変わるということは、戦前の歴史を考えると、とても大きな意味を持つ可能性がある」外岡秀俊(元・東京本社編集局長)』(講談社ホームページhttp://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784062193436より)

2014年6月11日水曜日

水曜企画-ハルモニと共に【258】

◎【学習】映画「地の群れ」
『”海と毒薬”(1986)などの作品で知られる熊井啓監督が、井上光晴の同名小説を映画化。未開放部落・在日朝鮮人・被爆者・基地を通し「戦後の暗黒」を告発。感傷を拒否した鋭い映像で人間を描く。
昭和40年代前半の佐世保。
そこには長崎で被爆し体と心に傷を負った者たちがいつしか住みついた集落がある。住人らを奇異の目でながめ蔑視する地元民。
しかし、その土地にはもうひとつ部落差別の暗い歴史が存在していた。
少女への強姦容疑をかけられながら被爆死した母の影を追い続ける青年。
原爆症に苦しむ娘をもちながら自らの体験をひた隠しにする母親。
それを目の当たりにする開業医の宇南にもまた、暗く拭いきれない過去の傷があった』
自分より”下”のものを見出すことで少しでも自身を優位に置こうとする人間の業をまざまざと表現している本作品。
戦争、被爆という極限的に人間の肉体も精神も破壊する物事に直面するとき、その業は一層はっきりとその姿を現します。
人間誰しもが持っているその深い闇を自覚しなければいけない。
井上光晴氏は他の作品でも被爆の被害について書いています。
「血がとまらない」と。氏の作品によく出てくる表現です。
放射線障害の恐ろしさを表したもので、氏は原爆による”被爆”だけでなく原子力発電所での”被曝”についても描いています。

◎【訃報】ぺ・チュニ ハルモニ(ナヌムの家より)
日本軍慰安婦被害者ぺ・チュニハルモニが8日亡くなられました。91歳。
京畿道廣州のナヌムの家は、ペ ハルモニが8日明け方5時頃、ナヌムの家で永眠されたと発表。
ぺ・チュニハルモ二の死去により、韓国政府に登録されている慰安婦被害者237名の中で生存者は54名に減少した。
故 ペ・チュニ ハルモニの略歴
1923年 慶尚北道星州生まれ
1942年 19歳の時、就職詐欺で強制動員
1945年 中国満州で4年間被害者生活
1980年 日本から韓国に帰国
1933年 韓国政府に被害者登録
1996年 ナヌムの家に入所
2014年 6月8日午前5時、「ナヌムの家」で老患により死去(92歳)

2014年6月4日水曜日

水曜企画-ハルモニと共に【257】

◎天安門事件から25年
1989年6月4日、中国の民主化を求める市民たちによるデモ隊に向かって中国人民解放軍が武力弾圧をした事件-天安門事件より25年がたちました。
25周年のこの日を迎えるにあたり、中国政府は言論の統制をおこなったり、60名を超える人物の身柄を拘束したりしたと。
依然として民主化は進んでおらず、少数民族の当局に対する反発の強まりとそれに伴う弾圧はエスカレートするばかりです。
民主とは。どこの国にも当てはまることとして、中国ロックの父・崔健の言葉を見てみます。
『国家というのは割合に偏狭で、自分を脅かすものがあると、すぐ民主ではないかと思ってしまうところがある。彼らは、民主とは要するに、もうひとつの党、もうひとつの軍隊のことじゃないかと恐れる。
でも、芸術家や人間一人ひとりにとっての民主とは、自由のことにほかならないんだ。』
『ほんとうの芸術とは、力量をそなえていて、ある種の腐敗とたたかい、ある種の現実と対抗していくものだと思う。
俺は、人びとを元気づけ、ますます人びとの力量を強めていくような作品を書きたい。
すると、ちょっとついて行けない、という聴き手も増えるかもしれない。行き過ぎだ、とか言ってね。でも、俺は思う。現在のことを書くのなら、行き過ぎということはない。なぜなら芸術家が反抗している相手は、もっと力量があるからだ。』
『俺は、みんなに自分を愛してもらいたい。国家を愛してもらいたい。歴史を愛してもらいたい。自分の履歴を愛してもらいたい。自分の未来を愛してもらいたい。』(岩波ブックレット359「崔健 激動中国のスーパースター」橋爪大三郎著)



2014年5月28日水曜日

水曜企画-ハルモニと共に【256】

爆弾集団的自衛権。行使できるようにしたくてしかたがない安倍首相。
行使できるようになればどうなるか。国民は良く考えなければ。
自衛隊は確実に戦争に巻き込まれ、戦争により人員を失えば、今度は一般国民が招集される。

”日本、朝鮮戦争の時、事実上参戦…集団的自衛権を行使した”(5月22日 ハンギョレ新聞日本語版http://japan.hani.co.kr/arti/international/17432.html)
<要約(原文は上記アドレスにアクセスしてご覧ください)>
朝鮮戦争時、アメリカの要求により自衛隊の前身である警察予備隊が作られた。
その直後、アメリカ軍の指示に則り、日本の海上保安庁は特別掃海部隊を編成。
機雷除去に従事し、死傷者を出した。
『戦争中の国家の機雷を除去することは、該当国家の防御力を弱化させるので、国際法上明白な参戦行為と見なされる。』
例えば、今後もし、朝鮮半島に有事の事態が発生すれば、日本は間違いなく戦争に巻き込まれる。

2014年5月21日水曜日

水曜企画-ハルモニと共に【255】

ひらめき今日、大飯原発運転差し止め判決がでました。
「原発の稼働は法的には電気を生み出す一手段である経済活動の自由に属し、憲法上は人格権の中核部分よりも劣位に置かれるべきだ。
自然災害や戦争以外で、この根源的な権利が極めて広範に奪われる事態を招く可能性があるのは原発事故以外に想定しにくい。
具体的危険性が万が一でもあれば、差し止めが認められるのは当然だ。」
画期的な判決。この世の中、まだ望みはあると思わせてくれる判決でした。
☆判決要旨 福井新聞 http://www.fukuishimbun.co.jp/localnews/syosai/50559.html

メモ【学習】水俣を学ぶ
CDDVD「水俣病-その20年-」「水俣病-その30年-」
監督:土本典昭/1976/43分
膨大な記録フィルムの中から構成した、水俣病20年の解明の歴史と現在の水俣病をわかりやすく解説する決定版。
販売:シグロ(http://cine.co.jp/detail/0017.html)
CDDVD:個人(「水俣病ビデオQ&A」「水俣の子は生きている」「鬼塚巌作品」他:6作品同時収録)
監督:佐藤真/土本典昭/鬼塚巌
1996、1965、1968~73/本編合計137分
「水俣病ビデオQ&A」歴史と現在を解説。構成:佐藤真。「水俣の子は生きている」土本典昭が初めて水俣に向き合った秀作。「水俣病1」他。チッソ労働者、鬼塚巌の貴重な記録
販売:シグロ(http://cine.co.jp/detail/0061.html)

2014年5月14日水曜日

水曜企画-ハルモニと共に【254】

走る人【報告】「橋下市長の暴言から一年、安倍.橋下の歴史認識を問い続ける集会」に行ってきました
VAWW RAC(「戦争と女性への暴力」リサーチ.アクションセンター)の西野瑠美子さんの講演でした。
被害者に寄り添い、旧日本兵の方に聞き取りや現地に行っての調査、戦時中の資料の解明…たくさんの経験、事実との擦り合わせで得てこられてる話だけに説得力がありました。
「お金が欲しいわけではない、本当の事を言ってるのに何で信じてもらえない?」と思い出したくない経験を語ってくださる被害者に言わしめる私達。
末端の警察が「慰安婦」を集めてる業者を逮捕してしまった。その業者は警察に依頼されてると言う。そんな馬鹿なことはないと問い合わせをし、「いやいや、その通りなので、これからは、皆に徹底するように。」という文書がある。
裁判記録でも時期が遅かったと棄却になっても事実は認められてる(公文書)。
反対側の考えの人が「河野談話」を否定しようと雑誌「正論」に載せてる16人の一部の証言だけでも、当時でも禁止されてた未成年者にどんな扱いをしたのかがわかる。
私達は知ってちゃんと反論していかなければならないと改めて思いました。
映画「終わらない戦争」の宣伝映像も観て、被害者の方の生の言葉の力、また見なければと思いました。
ちなみに、反対側の考えの方も来られてたようで、演者への質問用紙に、「商売だった。お金をもらってた。優遇されてた。日本だけでなかった。」と書かれてたようです。

2014年5月7日水曜日

水曜企画-ハルモニと共に【253】

95月3日は憲法記念日。
憲法集会があちらこちらで行われました。安倍首相の「集団的自衛権」憲法解釈変更問題もあり、テレビでも憲法が話題に上っていました。
”「集団的自衛権」は砂川事件判決により認められている”との解釈も出てきて。
テレビ朝日モーニングバード中コーナー「そもそも総研」ではこれに対し疑問を投げかけています。
いろんな主義や思想の違いはあっても、戦争をやる方向に向かうことは絶対的な”悪”でしょう。
マスメディアの情報も見て、ネットも覗いてみて、集会にも行ってみて、戦争ができる方に傾いてることに危機感を持たなければ。

テレビ「そもそも総研」”最高裁判決は集団的自衛権の行使を認めているのだろうか?”(4月17日放送)
http://www.dailymotion.com/video/x1ozxn6_%E3%83%A2%E3%83%BC%E3%83%8B%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%89-20140417-%E9%9B%86%E5%9B%A3%E7%9A%84%E8%87%AA%E8%A1%9B%E6%A8%A9-%E7%A0%82%E5%B7%9D%E5%88%A4%E6%B1%BA-%E9%AB%98%E6%9D%91%E8%A7%A3%E9%87%88-hd-2_news

テレビTBSテレビ[報道特集]”幻の“大島憲法””(5月3日放送)
『終戦翌年にGHQ・連合国総司令部は、沖縄などと共に伊豆諸島を日本から行政上分離することを決定。
柳瀬村長らは日本から独立した島として、独自の憲法を作り上げることになった。
手書きの草案は「大島大誓言」と名付けられていた。
23の条文からなり、大島の統治権は島民に在りで始まる。
主権在民、平和主義と日本国憲法にも通じる精神。』
http://www.miomio.tv/watch/cc67895/

スノボ明日の自由を守る若手弁護士の会
『自由民主党の「日本国憲法改正草案」の内容とその怖さを、広く知らせることを目的とする、 若手弁護士(弁護士登録期が51期以降=登録から15年以内)の有志の会です。 』
http://www.asuno-jiyuu.com/

2014年4月30日水曜日

水曜企画-ハルモニと共に【252】

カバン花こころ学習会で校外学習を実施しました。
水俣、長崎の旅です。
水俣は人がとても温かい町でした。
しかし、色々と水俣病の話を聞くと、この土地ならではの根深い問題の上に水俣病があるのだと知らされました。
土地の豊かさ、同時に存在する貧しさ。その豊かさと貧しさを利用して利益を貪る国家と大企業。
水俣を見ると、原発や基地の姿が重なります。
地方の原発で作った電気を都会の人間が使う。原発がある土地の葛藤も苦悩も被害も知らず。
水俣のチッソで作ったものを使って出来た製品を使ってる人間も然り。
その人間が私たち。
知らない罪。使ってしまっている罪。
罪をあがなう方法を見つけなければ。

◎長崎で漫画家の西岡由香さんとお会いしました。
原爆のこと、原発のこと、自然エネルギーのことなど平和に関することテーマに活動されています。
西岡さんのホームページhttp://sky.geocities.jp/yuka37jp/

◎水俣では水俣病歴史考証館・相思社でお世話になりました。
職員の方皆さん親切で、丁寧に水俣についてお話して下さいました。
ホームページhttp://www.soshisha.org/jp/

2014年4月23日水曜日

水曜企画-ハルモニと共に【251】

船韓国旅客船の事故。大惨事です。韓国は今、時が止まったようになっていますね。
日本もひとごとではありません。事故の原因と思しきもの。運営の体制。救助の遅れ。マスメディアの無神経な報道。
私たちはそれらをすでに体験しており、かつこれからもそれらに傷つけられる危険があることを知っている。
さらに自らが傷つける側になる場合もあることを忘れてはならない。

◎【訃報】李秀梅ダーニャン
中国人「慰安婦」裁判原告の李秀梅さんが亡くなられました。
詳しくは http://ianfukansai.blog.fc2.com/blog-entry-62.html で。

2014年4月16日水曜日

水曜企画-ハルモニと共に【250】

ふらふら顔さて、何を言うべきか。
腑に落ちない、腹立たしいことが多すぎて。
息苦しい世の中です。
政治家たちの下品な失言に、一瞬だけ怒った市民が、その揺り戻しみたいに愛国心のようなものを強く持ちはじめた。
マスコミの情報に右往左往し、簡単に流されてしまう市民。
それは政治や社会問題だけに限らず。今話題のSTAP細胞の一件が象徴的に物語っています。
研究者はいい加減。
研究組織は自身の利権を守るため保身に必死。
マスコミは研究の本質的なところに関係ない、いわばテレビ的(メディア的)に見栄えのいいところを取り上げ、囃し立て、ボロが出ると、手のひら返して突き落とす。
そして、そのマスコミの報道の浅いところをすくって、ころころと考えを変える市民。
「マスコミの言うことは事実の一部」でしかないと言うことをお忘れなく。
(マスコミに限らず、報道カメラマンのマナーは本当に悪い。自身を特別な人間だと思っているのか。人を押しのけ、入ってはいけない場所に入って無神経にカメラを回す。人権や平和を訴えている場でのその行為。そのような人に人権や平和を報じる資格はないでしょう。)

2014年4月9日水曜日

水曜企画-ハルモニと共に【249】

波済州島四・三事件。事件から66周年を迎えた今年、韓国では4月3日が国家追悼日となりました。
韓国安全行政部が主催した追悼行事に朴槿恵大統領は不参加。
国が指定する追悼日ということは国家が四・三事件を国家の過ちだと認めることだと評価されています。
ゆえに、朴槿恵大統領が追悼行事に参加することには大きな意味があったと思われますが……
いまだに当時のことを語れないで、悲惨な記憶を胸の中にしまったままの人もいるといいます。
傷は癒えず、癒えない間に、別の新しい傷がつけられていく。今そんな世の中であるような、そんな気がします。

◎【コラム】”〈ニュースの窓〉大量虐殺はなぜ起きたのか/4.3事件66周年に際し”(4月7日 朝鮮新報http://chosonsinbo.com/jp/2014/04/47sk-4/)
<要約(原文は上記アドレスにアクセスしてご覧ください)>
◆米国の責任
米軍政による済州島民大量殺りくを物語の背景に描いた小説「順伊おばさん」を執筆した作家・玄基榮氏はこれを書いた翌年の1980年、保安司令部に連行され拷問を受ける。
折りしも光州事件がおこる年だ。
四・三事件、光州事件どちらも国家が国民を実力をもって弾圧した事件だ。当時、その事実を抹殺しようとする政治風土が存在していた。
1980年代後半、民主化運動が広がるが、これが四・三事件の記憶を伝え、真実を明らかにしようとする原動力となった。
真相究明は進み、2006年蘆武鉉大統領が初めて、国家元首として公式謝罪した。
一方、米国の罪も忘れてはならない。
「米軍政は、焦土化作戦を幇助し、警察を含めた討伐隊に武器を提供、人間が人間に、同族が同族に行う集団虐殺を眼を見開いて見守った。
また、彼らはそのときの殺傷を『日々報告書』にいちいち記録した。
にもかかわらず、彼らは口を開かないでいる…。韓国軍の作戦統制権を握っていた米軍は虐殺現場を放置したまま、ただ目撃しただけだったという。
このこと自体、米軍が大規模な民間人犠牲に対し責任を免れることはできない」
◆2代続く逆風の中で
四・三事件は過去のことではない。米国がイラクやアフガンで行っていることは四・三事件同様、現地の傀儡政権を隠れみのにした非人道的行為。
また、平和と人権のシンボルへと変わりつつあった島の歴史が李明博、朴槿恵政権と続くファシズム的政権により後戻りしているようだ。
これは犠牲者に対する許しがたい背信行為だ。

2014年4月2日水曜日

水曜企画-ハルモニと共に【248】

爆弾袴田事件、再審が認められ、袴田巌氏が釈放されました。
犯人でないにもかかわらず死刑宣告され、拘束された想像を絶する長く苦しい時間。
もう取り返せない時間です。
冤罪は本当に恐ろしい。
袴田事件にしても、冤罪事件のひとつである足利事件にしても、事件を映画にした監督や取材したジャーナリストは真犯人と思しき人物は分かっていると明言しています。
捜査関係者でない人が分かっていることを捜査した人間が知らないはずはないと思うのですが。
警察も検察も裁判官もミスを認めない。
過失もしくは故意に犯したものを早い段階で認めれば救われた命、人権は数多くあります。
それは冤罪事件に限らず。公害も原発も戦争責任も……
なんの因縁か、袴田事件の遺族である、味噌製造会社専務の長女が袴田巌氏が釈放された直後亡くなったそうな。……なんの因縁か

本【書評】”「教養としての冤罪論」森炎著”(ブック・アサヒ・コム http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2014033100002.html?iref=comtop_fbox_d2_05)

2014年3月26日水曜日

水曜企画-ハルモニと共に【247】

クローバー3月26日は大韓帝国の独立運動家・安重根(アンジュングン)が処刑された日です。
1909年10月26日、中国のハルビンで初代韓国統監・伊藤博文を暗殺し、ちょうど5ヵ月後に旅順で死刑に処されました。
最近、ハルビンに安重根記念館が建設され話題になり、安重根の名を耳にすることも。
菅官房長官は安重根を”テロリスト”と称したりしました。
日本側は日本人が殺されたのだから、そのように言うこともあるでしょう。
そして、いかなる理由があろうと、殺人は罪です。
しかし、その2点を理解した上で、安重根の思想を見つめてみた時、彼を単なる”暗殺者”、”テロリスト”とだけ称するのはあまりにも考えが浅いと言わざるを得ません。
彼が考えていた「東洋平和論」。
冷静に東洋と西洋を比較し、東洋は植民地政策を繰り広げている西洋のようになってはいけないと。
東洋のそれぞれの国は独立しながらもアジア共同体をつくり、協力しながら発展していくべきだと。
決して、日本を否定してはいないし、自国のことだけを考えているわけではないことが分かります。
今こそ、彼の考えていたことを深くかみ締める時ではないでしょうか。

テレビ”驚きももの木20世紀-伊藤博文を撃った男・悲しきテロリストの真実”
1995年に放映された朝日放送製作のドキュメンタリー番組。安重根を取り上げています。

2014年3月20日木曜日

水曜企画-ハルモニと共に【246】

ハート「愛国心」とは何か。
戦争のことや日本と外国との関係などについて見聞きしていると、「愛国心」とは何かを考えさせられます。
ヘイトスピーチをしている排外主義者は「愛国」者なのか?
”「日の丸・君が代」は国旗であり国歌なんだから否定する日本人はおかしい”と言う若い教師は「愛国」者か?
自分の国・民族が真に誇らしいものになることを望むことが「愛国心」だと言えるのでは?
そして、「誇らしいもの」とは過ちを消し去ろうとするものではなく、過ちを認め、謝罪し、再び起こさないよう努力するもののことを言うのでは?

◎【コラム】”鈴木邦男の愛国問答-勇気を持って「当たり前のこと」を言う”(1月8日 マガジン9http://www.magazine9.jp/article/kunio/10157/より抜粋)
『3月には孫崎享さんとの対談本が出る。去年の後半は何度か対談した。
年末の12月28日にも5時間対談した。これが5回目かな。
ペリーの黒船から始まって、長い日米関係について話し合ったのだ。なぜ、アメリカ相手に戦争をするはめになったのか。外交の力とは、軍隊とは、国を守るとは何か、といった話をした。
孫崎さんは元外交官で、外国での生活が長い。日本という国を背負って、外国と交渉する。自分が「日本」になるんだ。その体験から、外交史について講義してもらった。
又、明治維新以降の日本の歩みについて、一つ一つの「節目」について話し合った。
日清、日露の戦争で日本が「大勝利」をした。日露戦争は、かろうじて講和に持ち込めたのであって、本当は「大勝利」ではなかった。
でも、日本中が沸き立った。強国ロシアを破った。日本は神国だ。イザとなったら神風が吹くんだ。…と、大喜びし、そして思い上がった。
「負け戦」からは人は学ぶが、「勝ち戦」からは何も学ばない。傲慢になる。そこから日本の間違いが始まった。
日露戦争は「大勝利」ではなかった。アメリカの尽力で、かろうじて講和に持ち込めたのだ。
そのことを国民がキチンと知っていたら…。「そうしたらアメリカとの戦争はなかったでしょう」と孫崎さんは言う。
じゃ、国民が愚かだったのか。いや、政府や軍が、「勝った!」「勝った!」と言った。新聞がそれを誇大に書きたてた。それが悪いのか。
新聞の宅配制度は日露戦争の時に始まったという。肉親が、郷里の人々がどう戦っているか。日本はいかに戦っているか。それを伝えるのは新聞だけだった。全 国民の眼となり、耳となっていた。新聞の方だって、読んでもらうために、(失敗や悪いことは載せないで)華々しい戦果ばかりを載せる。そして、「間違った 大勝利」を作り上げた。
そういった、日本の過ちと反省について話し合った。こんな話をしてると、「反日的だ」と批判されるかもしれない。
しかし、日本の失敗した点、悪い点を見ないのは、「見る勇気」がないからだ。それでは本当の愛国心ではない。長所も短所も見て、その上で、いとおしいと、抱きしめるのが愛国心だろう。』
『『通販生活』は、さらに「山椒言」という巻頭言がよかった。菅原文太さんが書いている。
〈日本人はアジア人。アジアの隣国同士が融和して、EU(欧州連合)ならぬAU(アジア連合)をつくる方向へ進むべきだよ〉
…〈中国も韓国も反日ばかり言っている状況でAUをつくるなんて夢物語だ、みたいに思う人もいるだろうけど、反日の遠因は、日本人が過去の侵略戦争についてきちんと歴史を検証していないからじゃないのか。
満州事変から日中戦争が終わるまでの中国人の犠牲者は、大変な数だったらしい。
韓国だって、日本が一方的に併合してしまったわけだろ。
もう謝ったんだからいいじゃないかと開き直るんじゃなくて、かつての非は非として認めて、これからは同じアジアの隣人同士、融和の道を進むべきだよ〉』